| 昭和13年5月 | 立川孟美が東京都台東区柳橋に有限会社立川工業所を創業。布製及び木製 ブラインドの製造・販売を開始。 |
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| 昭和22年10月 | 株式会社に改組し、社名を立川ブラインド工業株式会社と改称。木製及びジュラルミン製ブラインドを製造し、駐留軍施設や復興途上の都市建物に納入。 |
| 昭和32年3月 | 全国主要都市への進出をはかるため、大阪営業所を開設。以降、昭和33年12月より昭和41年10月まで福岡をはじめ10都市に営業所を開設。 |
| 昭和39年9月 | 一般住宅用間仕切「アコーデオンカーテン」を発売。 |
| 昭和42年11月 | 当社製品の部品及びカーテンレールの製造を目的に、現在の立川機工株式会社(現・連結子会社)を設立。 |
| 昭和43年5月 | 滋賀県愛知郡に新工場(現滋賀工場)を建設。全製品の一貫集中生産を開始。 |
| 昭和44年4月 | 昭和51年にかけて、全国主要各都市に営業所を開設。 |
| 昭和46年6月 | インテリアブラインド「シルキー」発売。 |
| 昭和49年4月 | 銀座ショールーム開設。 |
| 昭和49年5月 | 全国の生産拠点を西日本工場と二分化するため、新潟県阿賀野市に東日本工場(現新潟工場)を建設。 |
| 昭和50年1月 | 受注から生産、出荷までコンピュータで全国をオンラインで結ぶ。 |
| 昭和51年3月 | 富士変速機株式会社(現・連結子会社)と業務及び資本提携。 |
| 昭和51年6月 | 本社を東京都渋谷区に移転。 |
| 昭和54年11月 | 北海道地区の生産拠点として、札幌市に札幌製作所を開設。 |
| 昭和55年10月 | 九州地区の生産拠点として、福岡県嘉穂郡に福岡製作所を開設。 |
| 昭和57年6月 | 東京店頭市場に株式を公開。 |
| 昭和57年9月 | インテリアブラインド「シルキーカーテン」を発売。 |
| 昭和58年1月 | 東京・大阪・名古屋・札幌・仙台・広島・福岡に支店を開設。以降、平成元年2月までに横浜・京都・静岡・新潟・関東に支店を設置。 |
| 昭和59年12月 | 室内外装品の設計、施工及び販売を目的に、立川装備株式会社(現・連結子会社)を設立。 |
| 昭和60年9月 | 「ロールスクリーン」を発売。 |
| 昭和62年10月 | 東京証券取引所市場第2部に上場。 |
| 平成元年6月 | 中国・四国地区の生産拠点として、広島県呉市に広島製作所を開設。 |
| 平成2年3月 | 金沢、高松に支店を設置。 |
| 平成3年11月 | 本社を東京都港区海岸に移転。 |
| 平成4年4月 | 千葉、神戸に支店を設置。 |
| 平成4年10月 | 株式売買単位の引下げを行い、東京証券取引所より、株主を大切にする会社として第1回の表彰会社に選ばれ受賞。 |
| 平成5年6月 | 連結子会社である富士変速機株式会社が名古屋証券取引所第2部に株式を上場。 |
| 平成9年3月 | カーテンレールV21の発売に引続き、平成14年までにカーテンレールの品目を拡充。 |
| 平成10年4月 | 「クレアス ローマンシェード」を発売。 |
| 平成10年5月 | 木製ブラインド「フォレティア」を発売。 |
| 平成11年6月 | プリーツスクリーン「ペルレ」を発売。 |
| 平成12年4月 | インテリアブラインド「シルキーアクア」「シルキーカーテンアクア」を発売。 |
| 平成12年12月 | ISO9001(2000年版)を全国範囲で認証取得。 |
| 平成14年7月 | 各種ブラインド、間仕切等の製造、販売を目的に、中国上海市に立川窗飾工業(上海)有限公司(現・連結子会社)を設立。 |
| 平成14年9月 | ISO14001を新潟工場にて認証し、平成15年11月に滋賀工場へ認証範囲を拡大。 |
| 平成15年2月 | パネル間仕切「プレイス」を発売。 |
| 平成15年5月 | 「クレアス パネルカーテン」を発売。 |
| 平成15年9月 | センシェントブラインド「アフタービート」を発売。 |
| 平成17年5月 | 本社を東京都港区三田(現住所)に移転。 |
| 平成18年5月 | 「ロールスクリーン」を全面リニューアル。 |
| 平成19年5月 | プリーツスクリーン「ペルレ サート」を発売。 |
| 平成19年10月 | 住宅向け電動製品シリーズ「ホームタコス」を発売。 |

